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「アメリカは弱者の味方であるから、国際社会で正当化されるドクトリンである」という自分に都合の良い、強引な政策の表明となった。
アメリカは、勝手な正義を主張しただけでなく、米国の商業上の利益を、南米や、極東や、中東の国を、欧州の支配から防衛するという、「米国政府の公的な義務」として公然と主張したのだ。 アメリカが対外侵攻を積極的に推し進める、今で言えばネオコン派のグローバリストの手法によく似た、帝国主義的な政策を公然と打ち出したことの表れであった。
この新しい政策は17世紀末の「砲艦外交(ガンボート・ディプロマシー)」に続くものである。 公然と軍事力による脅迫に訴えるだけでなく、アメリカの外交上の影響力の大きさを相手に知らしめることで、不戦勝の、即ちわざわざ戦争をしなくても済む、ソフトな脅しの手法をも巧妙に表している。
ウィリァム・ハワード・タフト大統領の「ドル外交」が明確に示される前に、すでにアメリカ帝国の種子はルーズベルトおよび、その背後にいるロックフェラー財閥の意向によって、着実に植えつけられていたのだ。 真に偉大だったアメリカ独立革命の指導者たちであるトーマス・ジェファーソンら、合衆国の創立者たちから我々に引き継がれた「自由と平等と、それぞれの国と個人の独立の思想」が、大きく変質をとげて、内側から掘り崩されていったのである。
アメリカ国民の自国への素朴な愛情も敬意もやがて失わせられて、対外侵略による、外国からの富の奪い取りによって、アメリカの豊かさを持続させた。 この「対外侵略と、外国への内部干渉主義」の種子は、このあともどんどん成長する運命にあり実際に成別世紀後半には、〃ドル外交″、という標語は、やがて、〃ドル覇権″、という標語に変わった。
「ドル外交」から「ドル覇権の確立」に、アメリカの国家政策が移行するまでにそれほど長い時間はかからなかった。 アメ、ノカのこのような大国主義的な、尊大な外交政策は、アメリカ国内での財政政策と、米ドルの対外的な信用の持続を前提にして行われたのである。

FRBは米国議会で国民の大反対を押し切って作られた、アメ、ノカの中央銀行である。 連邦準備制度は、「自分たちが戦争費用を賄う」という大義名分で、国民を計画的に借金地獄、すなわち膨大な財政赤字に苦しむ国にさせていった。
国民経済(ナショナル・エコノミー)を大胆に操作する意図と計画で、マネーサプライ(通貨量)を意図的にどんどん増加させることは簡単にできることだとFRBは発見した。 連邦議準備制度(FRB)を作る法律は、おそろしくずるい手口で1913年に無理やり通過させられた。
アメリカ国民の多くは、「中央銀行はいらない。 自分たちアメリカ国民の自由をおびやかすものになって、自分たちを借金漬けにして、やがて自分たちを支配する道具になる」と深く警戒していたのだ。
ロックフェラー家の忠実な飼い犬であった、ウドロウ・ウィルソン政権の時の1913年にFRBが出来てそれで徐々にアメリカの自由は失われてゆく。 それから認年後の、1971年8月妬日のニクソン・ショック(ドル・ショック)までの問、アメリカ政府の健全財政の原則は、意図的にどんどん弱体化させられていった。
福祉国家の名において、大幅に財政規模が拡大して、国家は、徐々に借金漬けにされていった。 アメリカ国民は、世界中の国々の人々が、ひとにぎりのニューヨークの特定の金融資本家たちの奴隷にされるように仕組まれて米ドルの優越性は、第二次大戦後に世界中で非常に増大した。
アメリカは他の国々とは異なり、戦争での破壊を逃れた。 アメリカ政府の金庫は戦争が終わったときには、全世界のゴールドで満杯だった。
それでも、アメリカは金本位制には回帰しないことを選択し決断したのである。 議会政治家たちも賞賛した。
請求書の支払いのためにアメリカは自分の紙幣を印刷すればいい。 この政策は不要な支出を厳しく抑制して、財政の不健全化をやめさせようとする政策や、各種の増税の策よりもずっと国IMF体制は秘かにロックフェラー石油通貨体制にすりかえられた会(上院と下院)の見識のある議員たちからの激しい批判と抵抗を、はじめはまだ公然とは受けなかった。
そうこうするうちに、政府に影響力を行使する特殊な利益団体が、大きな利益を得るようになった。 財政赤字という国家借金の負債を返済するための、利払いのために、国民の税金の主要な部分が使われるようになった。
アメリカ国民が今のように借金漬けにされるのも、それほどの時間を要しなかった。 その苦しみは今にいたる。

ニューヨークの大物の金融財界人たちによって、すべては深く仕組まれたのである。 民にも人気があった。
ドル紙幣を刷り散らして国民に大盤振る舞いする政策は、目先の短期的な喜びを満足させることには役だった。 その挙げ句に、過度に大量に発行されて、世界中に流れ出し返済するあてのない通貨となった。
アメリカ国内での財政の不均衡は、その後何十年もの間に制度化し、皆が慣れっこになって、危機感を失った。 「ブレトンウッズ合意」は、1944年7月の戦勝国側による戦後の世界体制を協議した重要な会議である。
このブレトンウッズ会議でイギリス全権代表のジョン・メィナード・ケインズ卿の提案を退けた。 それに対してアメリカのハリー・デクスター・ホワイト代表の提案した、「IMFと世界銀行からなる戦後世界の通貨体制」を決定した。
このとき英国のスターリング・ポンドに取って代わる、世界的準備通貨としての米ドルの地位を確固たるものとした。 米国の政治的、軍事的影響力の強大さによって、また米国が保有する5万トンにも及ぶ、膨大なゴールドの実物の信用力によって、全世界は祷曙なく次のように決めた。
「米ドルードルは、弱分の1オンス(1オンスは、約訓・1グラム)のゴールドに等価である」という決定でありそのように定義された。 1ドル紙幣は約1グラムの金に等しいとされたのだ。
このようにして、米ドルを世界中の貿易決済や金融・借款の決済の手段としての準備通貨として「米ドルはゴールド同然」とされ、この「1ドルは弱分の1オンス(約1グラム)のゴールドと等しい」という比率で、すべての外国の中央銀行が自国通貨と交換可能であることになった。 ところが、それでも、当時は、アメリカ国民は金の保有を禁止されていた。
米国市民にとってはゴールドの保有は違法であったのだ。 この「金為替本位制」(金・ドル体制、IMF体制とははじめからドルの力の衰えと共に失敗する運命にあったのである。

アメリカは、危倶の念を抱いた多くの経済学者が予想したとおりにやがて行動するようになった。 米国は、以来、より多くのドルを大量に印刷した。
その印刷・発行量には法律による歯止めもかからなかった。 印刷され発行されるドル紙幣には、ゴールドの裏付けはなかったのである。
世界中は、安心しきってこの米ドルでの支払いを、その後妬年以上も受け続けてきたのである。 フランスとイギリスの蔵相が、1960年代末に、米国財務省に対して、仏、英のそれぞれの国内に溜まった米ドル紙幣を、アメリカに輸送して、その輸送されたドルにつき、「約束どおり弱ドルごとに1オンスのゴールドとドル紙幣を交換して、代金をゴールドで支払ってほしい」という要求をつきつけたのである。

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